劇団員のつぶやき

吉浜直樹

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人には、忘れることのできない出会いがある。楽しい仲間、新たなビジネスパートナー、時には人生の伴侶だったり。実にさまざまだ。

いくつかは胸の中にほろ苦い想いとなって残る。一生拭い去ることはできない。

しかし、その想い出の中に自らの人生を埋没させてしまうと、生きていけない。だから、人は想い出から自らを再生させる。

そうすることで、また前を向き、新たな人生を歩いていけるのだ。

坂下優一

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1996年12月「横浜スタジアムの青春Part2」より参加。
元々、妹が当劇団に所属しており、「ソフトボールのピッチャーの投げ方の振り付けに来てよ」と言われて参加して、騙されて入団してしまった。そのため、劇団内での呼び名は「お兄ちゃん」。
一時的に劇団代表も経験させてもらった。神奈川県演劇連盟の副理事長をやっていた時に企画した「高校生のための芝居塾」が今なお続いているのは、とても誇りに思っている。

​いづみやひとみ

還暦を迎え、仕事、家事、介護の合間にできる表現活動を探していたところ、腹話術に出会えました。
40年の経験を持つの先生は友人のお姉さん。月1回の大宮での稽古も仕事や町内会や介護でなかなか参加できず、休みながら続けています。
そんな超初心者な私に「腹話術をやって」との指令。
役中の老女も初心者だから下手でもいいと言われ、恥を覚悟で参加します。
どうなることやら( ;∀;)

ジョニー

五木寛之の「海を見ていたジョニー」が好きでジョニーにしました。

「言霊」・・・言葉に霊が宿る。
ならば自分の発した言葉に責任を持たなければならない。
自分も言葉遣いが悪いので知らない間に相手を傷つけたことが多々あった

様な気がする。
歳を取るとともに、自分の言ったことに責任をもてる大人になりたい。

さいとうれいこ

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十代の頃、自分探しの旅に出てたどり着いたのがにゅうくりあでした。

芝居を通してたくさんの人生を演じてきましたが、いまだに自分が

よくわかりません。
だから続けられているのかもね。

北井康一

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劇団代表の泉谷君とは、中1~高3の6年間同級生でした。卒業後だいぶしてから、サウナで再会。それをきっかけに保土ヶ谷区の区政70周年記念として、当時私が代表を務めていた市民オーケストラとのコラボという画期的な舞台が生まれました。保土ヶ谷の地名や歴史を横糸に、マラソンに情熱を注ぐ、一人の女子ランナーの栄光と挫折そして復活を縦糸に描いた音楽劇「ほどがやエクスプレス」です。私は、作曲と指揮を担当しました。
以来ほぼ四半世紀、にゅうくりあの作品の音楽(作曲)を担当しています。劇団初の映像作品「山手ダンシングクイーン」では、ダンサー・別所るみ子さんとのコラボ場面のために、「サロメ」を作曲しましたが、これは後に、ウィーン・フィルの首席クラリネット奏者、エルンスト・オッテンザマーにより、神奈川県民小ホールで独立した楽曲として初演されました。

櫻井マリア

激動の時代だからこそ
原点に立ち返り
行先を見失わずに
前進する
横浜に生まれ育った
私らしく
生きる!演じる!

なっきー

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いつもと変わりなく生きることは贅沢な事と思い知る今日。

なおも欲は止まらずただ前へ前へ。

人の優しさは知れず通り行く雑沓に消える。

それぞれ思いは宙を舞う。

所詮浮世と鑑みるも、ならばとっぷり身を委ね豪という中で己を示さんか。

いのうえヒロゆき

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演ずるって何なんでしょうね。

上手い役者と下手な役者の違いって何かな。
役所広司さんは名演技を絶賛されています。注目してしまいます。
でも、理屈ではないのかも、、全盛期の吉田日出子さんが大好きです。